陽に向かって背伸び
じぃと視線を感じる方を振り向くと、そこには大抵郁がいた。
そもそも部屋には自分と郁の二人しかいないのだから、視線の主が郁以外の人間であることは決してないのだが。さきに自分を見始めたのはそっちのくせにこちらがそのことに気づき、視線を合わせると、逸らす。一体何なんだ。そう思っていたのは最初だけで、今ではそれが「キスをしたい」サインなんだと分かる。
「なんでわかるんですか、エスパーですか」と聞かれたときは驚いた。あれだけ熱い視線をこっちに向けてるくせに、自覚がないなんて困る。
「んーっ……」
カーテンの隙間から差し込む光が、ちょうど目に射しかかる。今日は二人揃って休みだからどこかへ出かけようと思っていたのに、昨夜は少々頑張りすぎたかもしれない。眩しさから逃れるため右手を顔にかざすと、胸のあたりでもぞもぞと郁が動いた。
いつだって先に起きるのは自分だ。無理させたか? 結構泣かせたもんなあ、と郁の頬から目尻へと指を滑らせるが、一向に起きる気配はない。
Tシャツを着せてはいるものの、こうやって擦り寄ってくるということは寒いのだろうか。いくら昼が暑いとはいえ、朝晩はまだ冷え込む。堂上は自分の上にかぶせてあった毛布を郁の方へと寄せ、そのまま背中を撫でた。
大きく開いたTシャツの襟からは、昨夜の情事の跡がしっかりと付いているのが見える。「見て下さいよ!柴崎と比べてこの腕の黒さ!」と言ってはいたが、
普段服を着ている部分――胸や腹、足など――は、ところどころ傷や打ち身の跡があるものの至って普通の白い肌だった。たとえ日に焼けていようともいなくて
も、それが郁ならどちらでも構わないのだが、そうやって日焼けを気にするところは可愛いと思う。
寝顔を見るのは嫌いではない。
きっとずっと見ても飽くことはないと思う。それでもやはり目を合わせたいし、声を聞きたい。郁に触れて、そしてそれに反応してくれるのがどうしようもなく好きなのだ。
「郁」
起きろ。願いを込めて名前を呼ぶ。
撫でたままだった背中をトントンと叩き、更には耳に息を吹きかけた。
「や……ちょっと、何するんですか」
ようやく目を開け、堂上と郁の視線がかち合う。昨晩は一緒に眠り、いま郁は堂上の腕の中。当然顔も文字通り目と鼻の先だ。これだけ至近距離で見つめ合うことはやはり恥ずかしいのだろうか。郁はしばらく無言で堂上を見つめた後、どこを見たらいいのかわからない、といった風に視線を泳がせた。
「おはよう」
こいつは本当にわかりやすい。キスして欲しいのがバレバレだぞ。軽く口を寄せると、今更だというのに恥ずかしそうに微笑んだ。
「おはようございます」
だから朝からそんな顔すんなっつの。
堂上はこのままベッドの上で戯れたい衝動を、ぐうっと背伸びをすることで誤魔化した。
(08.05.27)