真夜中の恋人たち



 

 万歳、と堂上に言われるがまま、郁は両手を上げた。今まで散々と柴崎に乙女だなんだとからかわれてきたし、その自覚もある。だから本当はもっとロマンチックな『初めて』を想像していた。それがまさかのスポーツブラだ。うっかりにも程がある。何を考えていた、昨日のあたし!スポーツブラとワキの間に差し込まれた手が押し上げられる。ワキをなぞられるその手の感触にすらゾワ、と感じてしまい、郁は「や、」と小さな悲鳴を上げた。
「あ、違うんです、すみません!くすぐったかっただけで、断じて嫌という訳ではなく!」
「……それくらいは分かってる」
 普通のブラジャーだったならば「恥ずかしい」と言いながらこのお世辞にもあるとは言えない胸を隠せただろうが、両手を上げて脱がざるを得ないスポーツブラでは、脱いだ瞬間に丸見えだ。
 暗いんだから見えないよね。そう思ってはいても、この状況下において体が少しずつ火照っていくのを止められるわけがない。堂上は頭と腕から抜かれたそれをそのままに、郁の背中へと手を回した。パサリ、と床にスポーツブラが落ちた音がする。抱きしめられるのは初めてではない。けれど背中の皮膚に直接触れら れる堂上の手の温かさは初めて感じるものだった。ピタリとくっついた胸と胸が、互いの鼓動を伝える。
「心臓の音すげえな」
「きょ、教官こそ……」
 反論しようとしたその口を堂上が塞いだ。今まで何度やったかも分からないいつもと同じキス。そしてこれからに繋がる、いつもとは違うキスだ。堂上にギュウと抱きしめられる腕が苦しくて、でもそれすらも気持ちがよくて、「好き」という思いを伝えたくて、郁もおずおずと首に手を回した。
 ゆっくりと時間をかけてキスをした。酸素が欲しくて頭がクラクラしてきた頃に郁は腕を引っ張られ、ベッドへと倒れこんだ。こうやって押し倒されるのは二度目だ。あの時は何もなかった…けれど、
「どうじょう…きょうか、」
 今回は違う。また唇が触れた。ああ、と郁は気づいた。
 こうやってる時は上からキスされるんだ。
 キスをするときは郁が少し下を向くのが常だった。今更身長のことをとやかく言うつもりはなかったが、少しだけ嬉しくなった。部屋はこんなにも暗いのに何故だろう、堂上の瞳がキラリと光るのが見えた。
「郁」
 名前を呼ばれるだけで、こんなにも涙が出そうになる。ずっと、一生覚えておこうと思った。堂上の指が触れた場所を、堂上の唇が口付けを落としたところを、堂上が自分の名前を愛しそうに呼ぶこの声を。

 

 

真夜中の恋人たち

 

(08.04.12)

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