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7 年 後 - 阿 部 と 千 代 と 水 谷(水谷スキーの方は要注意かも)
「えー、水谷君、もう彼女と別れたの?」
「は?お前またかよ」
「だってぇ」
「何が『だって』だよ、気持ち悪ィ」
「だって何か『あ、ダメだ』って思っちゃったらもう一気に冷めちゃうんだもん。そのまま付き合い続けたらオレ絶対彼女のこと嫌いになるよ?だったら嫌いになる前に別れた方がいいじゃんよー」
「でもお前またすぐに好きな子出来たーとか言うじゃねーか」
「熱しやすく冷めやすいよね、水谷君って」
「単に飽きっぽいんだろ、こいつの場合」
「彼女に飽きるって言葉だけ聞くと結構ひどいよね…」
「何だよー!二人ともオレに冷たーい!傷心のオレを慰めてよ!」
「自分から振っといて何が傷心だよ!それは振られた彼女の台詞だろうが!」
「そうだよ。大体今回は何がダメだって思ったの?」
「あんねー、勝手に部屋掃除された」
「はぁ?」
「それだけ?」
「それだけじゃないよ!触られたくないもんとかあるじゃん!いくら彼女でも勝手に人のモン触られんのオレやだもん!」
「…くっだんねー」
「それで別れちゃったの?」
「断りもなく人の部屋あれこれ詮索するような女は嫌だ、とオレは今回学んだね」
「もうしないでねって言うだけでよかったんじゃないの?」
「いや、ダメ。オレがいないときに触られてたらって考えるだけでやだ」
「そんなんで振られた彼女も気の毒だな」
「本当にねー…」
「えー、二人とも賛同してくんないの?」
「しねーよ」
「ごめん、出来ないかも」
「なんだよー。あーあ、どこかに俺の理想の女の子いないかなー」
「いねーよ、んなもん」
「いたとしても水谷君の場合またすぐに『ここがダメ』とか言っちゃうんじゃない?」
「ああ、それはあるかも…」
「つーかお前はちょっとくらい妥協ってもん覚えろ」
「妥協?」
「嫌なところも少しくらいは目ェつぶれってこと。ある程度は諦めないと続くわけねーだろ。な、千代?」
「え?あ、うん、そうだよ、水谷君」
「そっかなー…」
「『そっかなー』じゃねえよ、そうなんだよ」
「まあ、次がみつかったら考えてみる」
「そうしろ」

******

「私本当は背が高くてキリッとした顔の優しい男の人が好きなんです」
「は?」
「こっちが恥ずかしくなるような台詞を言っちゃうような人もいいかなー」
「何言ってんだ、いきなり」
「妥協って大事だよねー、って話。阿部さんは私の嫌なところに目をつぶってくれてるらしいので、私もつぶってるところはあるんですよアピール?」
「とりあえず『阿部さん』って呼ぶのやめろ」
「で、阿部さんは私のどこに目をつぶってるんですかね」
「どこもつぶってねーよ」
「別にいいよ、言ってくれて。私もいま言ったんだし」
「だからねーってば。水谷の台詞借りるならオレにとってはお前が理想の女だよ」
「うわ……そんな恥ずかしい台詞初めて聞いた」
「心配しなくても二度と言わねーよ」
「えー、言ってよー」
「やだね」
「私も妥協しても傍にいたいくらい隆也くんのこと好きよ」
「なにその微妙な言い回し」
「好きだーっていう告白以外のナニモノでもないよ」
「あっそ、それはどうも」
「どういたしまして。だからもう一回言って」
「言わねえっつーの」

(08.10.??)

 

5 . 5 c m - 阿 部 と 千 代 の 場 合
久し振りのデートという響きが私の心を躍らせた。
普段履かないヒールを履いて街へ飛び出してみたものの、 履き慣れない靴は案の定私の足にマメを作ってしまった。
阿部君は既に待ち合わせ場所にいて、どこを見ているのか一人佇んでいる。
声をかけるが早いか、こちらを向いた彼にヒラヒラと手を振りながら駆け寄った。
横に並んだ瞬間、自然に繋がる手が嬉しい。
「…なんか目線違くね?」
「ヒールのせいだよ」
目敏い彼に説明しようと少しだけ足を振り上げると
「女ってよくそんなん履けるよな」
と不思議そうな声が上がった。
「顔いつもより近いもんね」
そう言いながら阿部君の耳を引っ張り、優しく唇を奪う。
「おかげでキスしやすい」
してやったりと笑うと、珍しく阿部君の顔が赤く染まった。
足の痛みは取れないけれど、たまにはこういうのも悪くない。
でもまずは絆創膏を買いに行こう。

(08.10.01/キスがしたい千代の話)

 

阿 部 と 千 代
くしゃ、と草を踏む音に阿部は顔を上げた。
「二人付き合ってるの?」
「は?」
「って、聞かれちゃった」
笑いながら近づいてきたのはマネージャーの篠岡。
今は取り損ねたボール拾いの最中だ。
女に見下ろされるのは気分が悪い。
そんな事を思いながら、阿部は転がっているボールを手に取った。
「誰に?」
「水谷君。阿部君には怖いから聞きにくいんだって」
「へぇ」
答えなど欲しがっていなかったのだろう。
阿部の気のない返事を気にするでもなく、篠岡は言葉を続けた。
「付き合ってない、って言ったよ」
今度は返事すらせず、阿部は足元に転がっているボールを拾い上げ、「三橋!」と叫びながらホームの方へとボールを投げた。
「おかしいよね」
背中を向けている阿部に、それでもなお篠岡は話しかける。
「付き合ってたときはそんな事一度も聞かれたことなかったのに」
「……」
「ねぇ、私が水谷君と付き合ったらどうする?」
問いに答えず無言で歩き出す阿部を、篠岡は視線で追った。
それに気づいたのか、気づいていないのか。
阿部は数歩進んだところで振り返り「もう俺には関係ねえよ」と吐き捨て、また歩みを進めた。
「だよ、ね」
篠岡は一人小さく呟き、少しずつ離れていく影を静かに見つめた。

(日付不明)

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